原爆の日に読み返す2つのマンガ
今日は広島に原爆が落ちた日。朝の報道番組でも相応の時間が割かれている。61年も経つのだという。インタビューに答えた老婦人が「風化が進んでいる気がします。孫に話をしても伝わらない」と話していた。一方で(驚くべきことだが)「日本も核武装を検討すべきだ」という国会議員も少なからずいるのだという。
ぼく自身、中学の修学旅行で長崎に行ったことがあるぐらい。広島はまだ訪れたことがない。子どもは小学校の修学旅行で一昨年長崎に行った。今も九州の修学旅行では、長崎は定番のスポットには違いない。そこでは、どのような紹介や説明がなされているのだろうか。
ぼくは1960年生まれ。小学校から中学校にかけての頃、つまり1970年前後というのは、少年マンガ誌にも原爆が取り上げられることは少なくなかった。物議を醸した「はだしのゲン」などもこの頃だったと思う。原爆に限らない「反戦マンガ」も多かったはずだ。
この頃、ぼくらは「かなりな過去の出来事」として、それらのマンガを読んだ。が、考えてみれば、終戦からまだ25年ちょっとした経っていない頃だ。大人になってからの25年を考えれば、それはあっという間だと言っていい。当時の編集者やマンガ家にとって、終戦はそれほど遠くない、相当程度に明瞭な出来事だったわけだ。
その当時すら「原爆体験の風化」が話題になっていた。まして今は…、ということだろうか。
最近の中国に関する報道で、抗日戦争に関する記念館等を利用した反日教育のあり方が問題にされることが多かった。それらも確かに問題であろうが、日本の「原爆」に関する教育のあり方も、逆の意味で問題があるのではないか、という気がする。「歴史」からの正しい知恵や知見を後世に伝えるというのは、確かに至難の業ではあろうけれど。
今日、読み返したマンガの1つめは、あすなひろし氏の「山ゆかば」。たぶん1970年代前半のマンガで、当時の少年ジャンプに掲載された60ページ程度の中編。実際に雑誌掲載のときに読んだ記憶があり、今も単行本で持っている。1978年・朝日ソノラマ発行の短篇集「ぼくのとうちゃん」で、この話は冊子の一番最後におさめられている。
戦争末期、父の出征を見送った直後に、空襲で母を喪った二人の兄弟は、親戚を頼って広島に行こうとするが、父の最後の頼みであった愛犬を連れて行こうとしたため、列車に乗れず、空腹を抱えながら苦心惨憺の末にようやく広島にたどりつく。都会育ちの兄弟ははじめ地元の子供たちに受け容れられず衝突するが、次第に和解。しかし、それもつかの間、悪化する戦況のなか、村中の飼い犬を殺すようにという通達が出され、父の愛犬を守ろうと、二人は他の子供たちとともに村中の犬を連れて山に立てこもり、大人たちと対決する。
戦争を題材としながら、適度にギャグも織り交ぜ、悲惨な場面もさほど多くはない。舞台はいわゆる「銃後」の日常で、物語は常に子どもの目線から描かれる。そして、子どもたちの抵抗に、ついに大人たちが折れ、犬は殺されないで済むようになる。
「見てごらんなさい。あの子どもたちのうれしそうな顔――」
「一匹の犬も殺さずにすんだということは――気持ちのええもんじゃのう」
「そうですのう…村長さん、よその村や町はきっと一匹残らず犬を殺したろうが、いつか戦争が終わったとき、わしらの村はこのことを自慢してもええことじゃなかろうか」
その瞬間、激しい爆風が吹き抜け、子どもたちと大人たちは、ともに山の向こうに立ち上がるキノコ雲を目撃する。そして、終戦。父の戦死を知らせる一通の手紙。
このように、これは、必ずしも「原爆」のマンガではない。にもかかわらず、これが記憶にこびりついているのは、そこで自分が実際に原爆を目撃したかのような「リアリティ」があるからだ。なぜそうなのかは分からない。しかし、このような表現方法が、具体的な何物かよりも、よりリアリティを伝えるということはあり得ることだとぼくは思う。これは、その意味で、優れた「原爆」マンガなのである。
もう一冊のマンガは、こうの史代氏の「夕凪の街 桜の国」。こちらは 2004年の発行だから、まだ本屋で見つかるかも知れない。100ページ程度の薄い単行本である。「手塚治虫文化賞」をはじめいくつかの賞を受けたので、新聞で目にした人も少なくないはずだ。
「夕凪の街」「桜の国」という2つの短編、というより連作の作品がおさめられていて、被爆して後遺症で亡くなった人々と、その子どもたちの物語を扱っている。特に、その子ども世代の物語「桜の国」が、ぼくには印象深い。いくらか年齢層はずれるが、主人公は、親が子どものときに終戦を経験した世代(「山ゆかば」の兄弟とほぼ同じ世代だ)で、ぼくらはその子どもにあたるというところは一緒だ。
「戦争を知らない子どもたち」(正確にはその少し後の世代だが)であったぼくらも、すでに中年となり、時間の尺度が変わってきたことで、戦争の時代に(子ども時代とは違う)想像力を働かすことができるようになったのではないかと思う。それはたぶんに父と母という身近な体験者の経験を理解し得る、少なくともそれが可能な、年齢になったということかも知れない。
日露戦争後から昭和前期にかけての時代。そこを学び直してみたいという気持ちがいまある。40代半ばになって思えば、それほど昔のことではない。幸い、県立図書館には家族で通う習慣ができつつある。実は昨日さっそく1冊借りてきてみた。あまり手掛かりがないので、とりあえずは手当たり次第に読んでみるつもりである。
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